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リミットラインすべて凌駕

2011.05.01 Sun
 今日は2PMの「Take off」と、藍坊主の「星のすみか」を聴いています。
 UVERworldの「CORE PRIDE」も早く聴きたいなあ<
 今日も暴風域のなかの静寂に包まれて、ときどき地響きが背中を伝わってきます。
 聞けば太平洋側で地震が続いているようです、深さ10kmというのがポイントでしょうかね、小さいながらも感知できる震度の。
 聞いている曲とは異質のメロディとリズムが響くので判別しやすいのですよ。音楽がなければ反応しなかったかもしれません。小さな音は、むしろ騒音の中でのほうが注意をひくことって、ありませんか。周波数でしょうか波形でしょうか。異質さを感じるには、異質ではないものと接している必要もあるということでしょうか。

 
   #

 期待しないでいたほうが楽しめることもあります。でも情報が皆無の状態では、接する機会を持てないのですよね。期待しないからこその楽しみ方というものを楽しむには、ある程度の日常的な情報回収が必要なのでしょう。回収していることを意識しないで済むくらいに毎日の茶飯事にしてしまうのがコツかもしれませんね。

 期待していませんでした。しかし知っています。そんな状態の、薄い関心度。右にあがるか左に下がるかは五分五分の感覚です。

 でも楽しめているので途中経過を。アニメの話です。
 私の言う面白さは、「え?そうくるの」「え。それってなに」という静かな疑問にかかっていいます。ええ、私は「違和感」が大好きなのです。異質なる物の日常に存在している違和感。これを手軽に味わえるのがアニメです。

 今回は「花いろ」と「あの花」が、次回を楽しみにしている状態です。

 「花いろ」はキャラクターデザイン(原案かな)が、ロロナのアトリエのかた。アニメで動くのを見れれば満足くらいの気持ちで見始めていましたが、私的にぶっちぎりです。夜逃げ加減のリアルさは思わず共感してしまいました。私にとって未体験な世界でありながら、その自然の美しさに心を奪われる感覚。知っています。遅ればせながら2年前の引越しで知った、生活の中でめぐり合う自然に通じるものがあります。フラッシュバックしてくる景色の、いくつか。
 でも舞台は石川県金沢市方面だそうです。

 「あの花」はエンディングの「SecretBase」を聞けるだけで大満足、のつもりでいました。もともとはZONEのヒット曲。もしも私が通っていたとしたらハイスクールの頃、しかし私は社会人で気だるい夏を持て余している感もあった、そんな21世紀の初頭の歌ですね。私にとって161718とは、すぐそこにある異世界だったのですよ。ただ、もしかするとそこに私もいるのかもしれないという空想域が身近でした。それだけです。
 ちなみに高校受験に失敗したからと言うのではありません。
 最近ではSCANDALのバージョンで聞いています。

 音楽はさておいて、物語のなかでの呼称がひどいですね良い意味で。あなる?めんま?一瞬、自分の耳を疑う言葉が聞こえてきます。
 だけど子供の頃の名づけ感覚って、あんな感じかもしれませんね。さして私は意識していませんが、「あんたのあだなづけはなに」とは、よく言われたものですけど、それも子供の頃の遠い昔のことさ状態。あだなと思ったことはありませんが、人を愛称で呼ぶの得意ですっていうか自然な反応です私にとっては。

 いないひとを見る、いないひとの声を聞く。喪失を受け入れてなお納得しきれない心傷空間を持ってしまったことのある人なら、あの感覚には魅かれると思います。むしろ物語そのものよりも、自己の記憶を呼び覚ます作用が強いのかもしれません。
 だけど子供の頃の名づけ感覚って、あんな感じかも、私は意識していませんが、「あんたのあだなづけはなに」とよく言われたのを思い出しつつ、それも子供の頃の遠い昔のことさ状態。とループ、つかのま。


 
 『いままでとは違う自分になりたい』という感覚は、私も経験済みです。過去完了としてではなく、今もなお続いているもの。昔は「願い」でも今は「知恵」のような何か。ある種のスキルのような、とか、なんとか。
 
 

 「花いろ」→「花咲くいろは」

 「あの花」→「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。|



 ちなみに青エク,「青の祓魔師」は予想通り期待通り、いえそれ以上。引き込まれる演技(声)、高速で酔いしれます。原作は未体験のまま楽しもうかなあ、と。UVERworldの歌ハマリます。こちらは、また別の機会にでも。

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胸いっぱい星のすみか

2011.05.02 Mon
 藍坊主「星のすみか」、今日の一曲です>

 ちょっと距離感のある歌声が心地よいのです。弦楽器が耳に心地よい季節になっています。
 私は「耳で聴く快感」と「歌う快感」は別回路です。言葉が降り注ぐような歌に出会うと、心びしょ濡れの恍惚に堕ちるのですよ。どしゃ降りのなかで踊るような気持ちよさです。あくまでも「聴く」から味わえるのです。


 音源として宝物にしているような歌って、なかなか歌えません。一緒に口ずさむことなく聴く音楽です。
 

 私の大好きな『セーラー服と機関銃』は特別です、あの歌は女性(薬師丸ひろ子さん)と男性(来生たかおさん)の二種類ありますし。よく聴くのとよく歌うのが一緒というのは、本当にまれなのですよ。

 まあコンビニで好きな歌が流れてきてつい歌ってしまったということは、ありますけど。まあ、どうでもいいことですよね。



 今日は、どうでもいいことをぼそぼそと話しておきます。
 ちなみにこの部屋に今は三人います。ぼそぼそ。


   #

 GWに訪問の顔ぶれです。いつもの近しい間柄です。あちらの家から、こちらの家から。工場の人、物流徹夜徹夜あけのメンバーも、操業停止中の製作所スタッフも。仕事がらみのこともあって、休日だからと言って変えられぬ生活サイクルというのは十人十色。結局、一日中いつでも誰かが起きていて何かを話したり作ったりしています。こういう雰囲気って好きなんですよね、子供の頃から。姉貴(長女)はうるさがって嫌がってましたが、私はむしろ雑然とした騒音の中で自分の居場所を作り出すのが好きでした。得意とは違うかな、そもそも自分の居場所なんて勝手に作ってしまうわけですから。逆に、たったひとりっきりで孤立してしまうと、いたたまれなくなってしまいます。大広間で一人とか無理、自分専用の部屋『勉強部屋』とかも苦手です(そんな部屋なんて持ったことないですけど)。ちなみに兄貴(長男)は、『大勢の中の孤独よりも、ひとりきりの孤独のほうがいい』みたいなことをよく言います。なんでも、えーちゃん語録に、そのようなセリフがあるんだとか。共感したのでしょうね。私は大勢の中の孤独とか、群衆の中で感じてしまう孤立感に対しては、それほど嫌なものを感じません。喧騒の中で生まれ育ったからかもしれません。汚れた空気と喧騒を「自然」なものとして感じ取れる感性でいないと、きっと気がどうにかなってしまうからです。人間とは環境に適応しようとする動物なのではないかと思います。私は美しい静寂な一人きりの時間よりも、埃舞う町の喧騒のなかで佇む時間が好きなんでしょうね。前世占いで「ドブネズミ」と言われたことありますが、あのときも『なるほどぉ』と妙に納得したものです。嫌じゃないです。

 もちろん、「こんなの嫌だ」という拒絶だって、ある意味で「環境への対応として、その人が導き出した答え」なのでしょうからね。

 しかしそんな私にとって近くて遠い存在の兄貴姉貴の姿は、いま身近にありません。まぁ兄貴は仕事です。今年は必ず黒字をたたき出すと静かに語っていました、先月のこと。先行き不安いえ不安すらも感じ取れない闇雲崩壊の幕開けな二年前それも過ぎて見れは遠い時間。ええ。着実に兄貴は再建を果たしています。身内の私が言うのもあれですが、本当に強くて生きる気力を備えたひとというのは案外と静かなものです。私の実家の親戚筋の説得力ある「あいつはだめだろ」なんて評価、どっちがだめだったんだかって感じです。それに私は気安くなにかにつけて『革命』だの『維新』だのと言う人って、いまいちなんだかなのですよ。日常会話の中で、そんな劇的な言葉が出現したら注意してます。信念を貫きながらも周囲との議論を重ねていれば、おのずと変化は訪れるもの。そう思ってます。舞台は好きです演劇も好きです、でも政治や生活に『劇場』を持ち込まれると、いささか退いてしまう私なのです。でも人が革命を望み、維新を求めるのもまた真理なのでしょう。あるいは摂理でしょうか。いえ、ある種の生理現象かもしれませんね。実家の父親と兄貴を見ているとふとそんなことを思わずにいられませんが、親の存在なく存在できる子などいない真実を思えば、本当に巡り会わせやら対立の構図やらは、すべてが必然なのね。姉貴は今も心の宇宙で生き生きとしています。姉貴の意志は革命そのものでした。私とタイプは違うけど、忘れえぬ炎として、なおも煌々と私の内面宇宙で光を放っています。たとえるならば恒星だね、と姪(姉貴の娘)と今も語ることがあります。ちなみに姪と私は同級生です。私のほうが数日早い生まれ。
 うん。
 結局、誰が何を言おうとやり遂げる人は、やり遂げるのでしょう。でも、口先だけの達者加減もまた人としての魅力なのよね。どちらかだけでは彩りに欠けます。人の魅力と言うのは何かを超えたところにあるのかもしれません。つまり、どちらも大切。勢いのいい振り子です。あっちに行ったのなら、こっちにも。振り幅のぶんだけ、正反対へ。せめて、もう少し、「気持ち」だけでも、近寄れたらいいのにねって思うことはありますよ、たまにはね。だけど、激しく口論する親子親戚の群像劇は、私にとってはとても興味深くて愛おしくて勉強になるものなのです。だから衝突するのがわかっててもなお、一緒に過ごせる時間を持とうと思うわけなんですけどね。案外、あのひともあのかたも、同じように思っていたりするかもしれません。だって、なんだかんだで、集う機会を持ち続けていられるわけですから。

 だけど今はまだ感謝の言葉を伝えるよりも、おいしい料理でもてなして、笑顔になって欲しいなと思っています。おいしい料理は十人十色。そう。私のメニューは、相手次第で変わるもの。好き嫌いは良くないよって躾は、それぞれの家庭でどうぞなの。私のもてなしのひとときは、わがまま言って全然大丈夫。
 でもね。あんまり、わがまま言ってくる人、いないのよね。
 案外わがまま言っていいよなんて言うから、逆にわがまま言わなくなっているなんてこともあるのかしら。


 モチベーションをあげる「物の言いよう」については、まだまだ試行錯誤の毎日です。


 
 


   #

 録画しておいた「青のえくそしすと」、オープニングとエンディングだけ切り出してリピートしています。

 曲フルバージョンぢゃなくても、映像つきだとまたこれはこれで。


 ドブネズミみたいに美しいのなら。存在そのものが生き抜く強さであるのなら。たとえ誰かにとって害なる菌をもたらすものだと指摘されたとしても、それはそれ。写真に残せないものが多いほうが、毎日は充実しているんぢゃないかしらって思う私の意図するほうへ、私の思い描く方向へ。奇跡は宇宙だけぢゃないよ。
 

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リンゴジュースのつもりで飲んだらトマトジュースでした

2011.05.11 Wed
 台風だって(ノ´▽`)ノヽ(´▽`ヽ)1号だって


 
   ・・・というニュースを聞いて、もうそんな時期なのねヾ( ' ▽ '*)と思いました。



   ・・・っていうのも、昨日のこと。それとも一昨日?


   時の流れは静かです。


   リンゴジュースを、いただきました。

   おいしそうヽ('▽'*)ノ


   飲んだらトマトジュースでした。


   ヽ('▽'*)ラベル・・・

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どんな毎日も現実味を増していく

2011.05.14 Sat
 ゴールデンウイークがあけて、いかがお過ごしでしょうかヽ('▽'*)

 連休明け>そんな時期でした、エステバ学園に入学したのわ。
 特別な感情が湧くわけではありませんが、まあ今年の気分を記録しておこうかなって。この時期の気分。

 エステバ卒業のおかげで、私の中にあった「学園生活への憧れ」を満たすことができたのは事実です。今思えば、二十歳過ぎて、大学まで進学した同級生が卒業して社会人になった頃でしょうか。もっとかしら。はっきり言って、リアルな学園生活体験だったら、ああいう経験にならなかったんぢゃないかしら。リアルでは、いろいろ無理があったんぢゃないかな、と少し思います。自分自身の中でね。アバターだからこそ得られたリアリティというか臨場感というか。そう思ってしまうと、ちょっぴり怖いですね。なんていうのかなあ、紙一重なことって、いろいろありますから。中学生の頃の感覚、中学校を卒業したての頃の気分を取り戻して、あたふたしたりすることのすべてが楽しかったなと思います。入学したての頃は慣れなかったり、馴染めなかったりした部分も多かったんですけどね。四年間の学園生活のなかでは、それも、ほんの一瞬のような時間ですね。
 言ってみただけです。深い意味も浅い意味も、ありません。ただ、そう思ってみた一瞬も、すぐに風に吹かれて消え去ることでしょう。

 思い出を語るとしても、それはまた別の話。今日は、ちょっぴり学園気分を思い出しながら、卒業できたことの喜びをかみしめていたいと思います。

 卒業できて良かった、きっちりと卒業できて良かった。そう思います。ともに過ごせたみなさん、ありがとう。これからも、どうぞよろしくって気分です。戻れないからこそ、学園生活は素晴らしいのかもしれません。あのタイミングで経験できて、本当に良かったと思っています。




 今日聴いていたのはSCANDALの「ハルカ」です。現実味を増していく日々の中で、ちょっと休憩です。

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涼しさの向こう側

2011.05.24 Tue
 雨が鉄板冷やしたのち西日で温まる夕暮れ。


   #

 コーヒーいれて見あげた天井サビ。西日まぶしぃ。

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