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甘酒サーキュレーション

2011.04.02 Sat
 写真は撮っているのですよ?
 でも言葉だけで色々伝わったらいいなあと思って、絵なしでブログを続けています。
 気が向いたらヽ('▽'*)ノのせるわ

 今日は花見です。梅と桜とハクモクレンとヒヨコ草。
 桜はソメイヨシノではなく、満開です。新緑の芽も目立っています。
 街道沿いの真っ赤な新芽はカナメモチですね。色鮮やかです。南に来たんだなあ。実感します。
 北の春も美しかったですが、こうして子供の頃から慣れている気候だと、ちょっと安心感があったり。
 風は穏やかな1日でした。


 マリーナから海は正面ですが、河口まで1kmくらいあると思います。
 津波の被害は抑えられたみたいです。オレンジ色に燃え上がるような夕焼けでした。

 甘酒を飲みながら、もっともっと浮かれた時間を過ごしたいと思いましたが、
 日暮れの暗さゆえか、家に戻るのが自然かなと納得です。街灯少ないし。

  
 今日はリンゴは焼きませんでした。それは明日。
  
 

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クール・イズ・ホット

2011.04.07 Thu
 それでも。
 見えるものではないけれど、
 たしかに存在しているのだとしたら。
 選択の余地が感じ取れるうちは、
 「自由」は、すぐそばにある、
 と思う。の。です。

 菜の花の苦味が、とても美味しい季節です。
 
 自分のやれることはなんなのか、とか、考えていました。
 今日からは、自分のやりたいことはなんなのかについても考えたいと思いました。
 不安や心配は、
 (ないと言えば嘘ですけど)
 あるにはあるけど、
 まだなにか、それ以上に大きくて強い何かが。
 あるんでしょうね。って思います。思っています。


 うまくいえない今日の記録。



 菜の花が美しいです。


 この一切を、心でもなく身でもなく、たとえる言葉を知らないままの私のままで。新しい1日の始まりに。


 
 

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Never Say Goodbye Never Again

2011.04.08 Fri
 今日はオメガトライブの曲を聴いていました。
 
 私が生まれた頃は、まだレコード盤が主流の時代です。(実際にはCDもあったらしい)
 叔父がレンタルレコードを営んでいたので、自宅の車庫にたくさんのレコードがありました。
 そう。CDが主流になったとき、レコードを店頭から撤去して、車庫に「封印」してしまったんだとか。
 姉貴に聞いた話だと、『(中古品として)たたき売るくらいなら保存する』、ということだったようです。
 なかには「誰ひとりレンタルしてなくて、1度も聴いていない」新品同様のレコードも、あったりするとか。
 その頃のレコードを、何枚か私は貰い受けているのですが、まあ、ね、いろいろペタペタとバーコードとかシールとか貼ってしまってあります。レンタル用に貼り付けたものらしいです。


 私の家族内では、レコードもCDも、勝手に触わるなと厳命が行き渡っていて、まあ、おこづかいで買うにはCDなんて小学生には、とてもとてもという感じでしたから。MDに録音されたのを聴くのが精一杯でした。
 気に入った曲を指定すると、気が向いたときに兄姉たちが録音しておいてくれるという。同級生から録音してもらったことは無いです。同級生とはカラオケでしたから。音楽を聴く時間よりも、カラオケで歌っている時間のほうが圧倒的に多いと思います。
 曲によっては、アーティスト本人の歌よりも、友達の歌唱で記憶しています。だから、たま~に、本家の歌を聴いたときに違和感があったり。
 図書館でCDを借りられるようになってからです、自分で繰り返し繰り返しCDを聴くようになったのは。


 「生まれた頃の(ヒット)曲」というテーマで、よくMDをもらってました。
 
 「ガラスのPARM TREE」は、実際には私が生まれてから何年か経ったときのようですが。けっこう好きです。


 ちなみに叔父は、「その後」、コンビニ経営に乗り出したのですが、あれは何年頃かしらね。
 お菓子に、小さいCDがオマケでついてくる、というのがあって。叔父のコンビニで、杉山清貴&オメガトライブを買いました。けっこうハマッてしまい、かなりの種類を集めました。来生たかおさんのも買いました。
 お菓子といっても、ラムネだったかガムだったか、が、一粒?
 どちらかと言えばCDがメインでお菓子がオマケというか。いえ、あくまでもお菓子だからコンビニで販売されていたのかな。


 もっと、いろいろ話を聞いておけばよかったなあ。


 子供の頃の記憶は断片的です。ひょんなとき、なにかの映画やアニメのように、脳内で映像化されてしまうことがあります。妄想の域かもしれません。記憶と言っても、それが「ほんもの」なのか、あるとき「妄想」したものなのか。もはや今の私には、区別つきません。そもそも自分の記憶なのに自分の姿が見えることが多いです。

 鏡を見るのは好きでしたし、ダンスのレッスンは鏡張りの部屋でしたし。確かに自分自身の姿を見ている時間は長かったのは事実なんですけど。


 

 
 
 

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すべて乗り越えてゆけるかな

2011.04.10 Sun
 今日は「虹」を聴きながら~♪ by AquaTimez


 今日(4/10)から家族と旅に出ます。
 ちょっと早めのゴールデンウイーク、と言えなくもないですが、レジャー濃度は薄めです。広い意味でのアミューズメント。子供の頃から何度も読んでいる本や、最近になって興味のままに仕入れた本を持って、朗読会をします。個人的に好きで得意なこととして、ダンスと裁縫もしようかなと。意気投合の輪があれば、演劇もいいな。でも欲張りは禁物。あくまでも目的は、この一ヶ月間の疲労を癒すことですから。休むというより、ちょっと動いて元気になりましょ、いう感じです。

 強烈なポジティブシンキングの毎日。反動があっても、それはそれで自然なこと。
 しあわせになりたい気持ちが明確に持てるのなら、絶対大丈夫です。そう思っています。しあわせと言っても十人十色でしょうが、急ぎすぎないことです。もたついているかなって心配してしまうくらいでも、良いのですよ。
 この「非日常」は、はじまったばかりですもの。
 
 
 

  
 

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春の旋律、愛の言霊

2011.04.12 Tue
  
 
 曽祖父の暮らす鎌倉、そうそう頻繁に訪れることはできていませんが、縁あって幾度と滞在している街。
 サザンの曲「希望の轍」はもちろん好きですが、個人的には「愛の言霊」のほうをよく覚えています。

  名物は「鳩サブレ」ですね。
 

 家族で揃えば話題は事欠かないのですが、話したいことや聞きたいことがありすぎても口数が減るものなのですよ。なんだかんだで、いっぱいお話をしたと思うものの、言葉は潮風に吹かれていずこへと。

 はがれそうな樹皮を見つけたり、無言ながらも色鮮やかで瑞々しい新芽を見つけたり。

 私の心にも、はがれかけの樹皮や、小さくも勢いのある新芽があるような気がしています。
 

 
 鶴岡八幡宮舞殿で執り行われた「東日本大震災 追善供養 復興祈願祭」に参列してまいりました。


 詳しくは公式サイトにて「趣意書」を読むことができます、ご参考までに以下。
 kamakura pray project
 

 詳しくは別の機会に、ここではメモとしておきます〆('▽'*)



  春は芽吹きの季節です。

 今は小さく目立たない芽であっても、力強く育ちますように心よりお祈り申しあげます。




 
 たいやき屋さんには寄れませんでした、また今度です。
 
 

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朗読中

2011.04.12 Tue
 
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらもし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
(2009/12/04)
岩崎 夏海

商品詳細を見る



 旅のまえに購入した本のうちの一冊です。

 朗読会で読んでいます。

 少しづつ読んで、ドラッカーの解説書も読んで、ああだこうだと言葉を交わして、周囲の反響も上々です。

 けっこう楽しんでいるのでした。


 

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旅の途中、手ぶらペイブメント

2011.04.14 Thu
 

 養蜂場からハチミツの瓶詰めセットを、いただきました。
 
 いろいろな種類が、あるものです。味の微妙な違いも楽しみです。

 無料で届けていただけるそうです。なので、さっそく竹屋敷に。

 明日あたり、ハチミツレモントーストにしましょう。




 子供の頃、ハチミツがノドに刺さるような感じがしたことあります。なんてハチミツだったかしら。懐かしいなあ。
 甘さの奥に、鋭くて凶暴な、あの刺さるような感じ。
 痛みは消えても、痛かったという体験は記憶に残っています。
 濃厚なハチミツでした。
 というよりも味を言葉で表現するのって難しいのね。


 ふと。

 

 空を見あげたときに、桜の葉を見つけました。

 赤い葉っぱです。

 紫外線に対抗するために赤く萌えているのでしょう。
 春に見る新芽の赤々とした姿は、
 生命の躍動を連想させてくれて、
 見ていて嬉しくなります。
 


 このまま流れ流されて過ごすか。
 どこかで主張を仕掛けるか。

 迷っているわけでは、ありません。
 ただしタイミングも重要だろうなって。
 今しばらく、熟成の時間が必要なのかな、って思います。


  旅の途中です。
 
 

 

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自分からまず始めよう

2011.04.16 Sat

 

 今日は「サンキュー」を聴いていますヽ('▽'*)by HOME MADE 家族

  ♪


 ケータイ用のソーラー充電を見つけました。


 思ったよりもお手頃価格だったのですが、
 対応できない機種もあるみたいです。

 メールや地震速報ができればいいと考えていましたが、
 そろそろいろいろ手を広げたくなっています。
 

 パスワードの変更などを経てから、MSNにも顔を出します。
 生活サイクルが変化しているので、なかなかコミュニケーションしにくいかもしれませんが、
 まあ、いつもの時間帯です。
 事務所のカメラ付きです。チャットのときは人形が映っています。



  ♪

 マネジメント。

 いまの自分の生活にも活かせないものかと考えています。
 考えながら、
 桜の舞い散る道を散歩していました。


  #


 今日は製作所。
 
 久しぶりの仕事場です。

 無期休業状態になってしまった作業場で、
 今日から小さな旗が掲げられることになりましたので、
 そちらに参加します。

 午後には、もう、新しい時間が流れ始めているのでしょう。


 不安と緊張を抱えたままですが、
 それより大きな期待を意識しながら、
 強烈な意志を具体的にしていきます。



   

 いろいろ言葉を考えて、文字にして書き出して、すべてをしまっておいて、
 自分の宇宙の空白域との接続を完了させたことを実感したうえで、
 まっさらな手ぶらで望みます。

 

 
 
  
 

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非属性あるけみすと

2011.04.18 Mon
 ブログを訪問してもらっても、昔のページは検索しにくいかもしれませんね。
 なにか探したいページがあったとしても、検索して簡単に辿りつけるとは限らないし。カテゴリの編集をしようとも思いつつ、なにしろよーぐるの時期のものは、あれ以上にいじりようがないというか。いじってしまうと、違うものに変化してしまいそうですし。だから、あえて、そのままにしています。

 気分的に日記は常に「上書き」です。現実には、毎回の更新は記録として残っています。
 
 常に最新でありたいという気持ちも強いかな。

 昔話をしたくなることもあるけど、言わぬが華というのが現実ではないかしら。にもかかわらず、つい、語ってしまうとすれば、それは過去でありつつも現在のものでもあるという、脳内時間軸のせいです。きっと。

 
 ロマネスコの「雨上がり」を聴いています。




 

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秒刻み、あわただしさリプライ

2011.04.18 Mon
現在のところ、ブログタイトルは『ふたたび逢うまでの遠い約束に』です。

ブログを始めたときは『あさなinよーぐる』です。

ヨーグルティング四年間ののち、卒業してからは跡地っぽくしていましたが、

『2006入学(*゜▽゜)ノあさなinよーぐるヾ( ' ▽ '*)2010卒業』
『はしりがき」

などと更新してました。

記録として、現時点でのタイトル下部の説明文を以下。



ふたたび逢うまでの遠い約束に

2006入学(*゜▽゜)ノあさなinよーぐるヾ( ' ▽ '*)2010卒業☆"゜

四年間に渡るネット学園生活ありがとうございました。

同窓生、卒業生、社会人として交流が続けばと思います。

2011夏リニューアル予定。環境はXP、ドラゴンスピーチ。





   #

 これからどのようにブログを続けていくのかなんて、まったく思い浮かんできません。
 夏までには方向性を見出したいんですけどね。
 よーぐる卒業したときは、まあ1年間ゆっくりすれば何か次が見つかるかなって考えていました。
 気づくと、卒業後なんだかんだで間もなく一年です。
 夏までには時間があります。

 たぶん、まだまだ変化あるでしょうね。

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しーくれっと・べーす

2011.04.20 Wed
 
コトラーが教えてくれたこと 女子大生バンドが実践したマーケティングコトラーが教えてくれたこと 女子大生バンドが実践したマーケティング
(2010/12/07)
西内啓、福吉潤 他

商品詳細を見る




 時が止まったかのような書店を見かけました。
 昭和のままの空間のようです。
 もしかすると、子供の頃に読んだことのある絵本に巡りあえるかもしれません、そんな期待をしつつ中に入ってみました。古めかしいのは書棚だけ、目に付くものは、どれも新刊らしき雰囲気でした。ちょっと残念。でも、そんなものでしょうね。

 と、そのときに、ふと。
 目に留まるのと手を伸ばすのと、ほぼ同時。ええと、コトラーって。
 内心『このまえのはドラッカーだったよね』とか思いつつ。
 コトラー、誰でしょうか。聞き覚えあるような、何かに似てるような。と脳内疑問を連発し始めたときにはページを、ぴらりはらはら。

 

    #

 これも何かの縁でしょうね、今日のコトラーも、先日のドラッカーも。
 なにより読んでいて面白く感じるので、とりあえずむつかしいこと抜きで読み進めていくことにします。

 本の良い所は、完全に自分のペースで進めるところと、何度でもループできるところ。脳内に浮かんだ映像を繰り返しループ再生させるのも楽しいのですよ。
 まあ、朗読は一直線ですからね、片道切符の旅行のように朗読します。でも、ページを開いて、空想の音世界に浸り始めてしまうと、別世界。大気圏のかなたにある宇宙ではなく、自分自身の中に内包されている宇宙を感じます。おそらく、はたから見れば、見開いた本の2ページそのままに、立ったまま静止している私の姿。

 進むというより戻る感じで私の読書時間は流れる傾向にあります。


 もとより私は「宇宙」を理解しているわけではありませんので、いまだに子供の頃に聞いた話を鵜呑みにしています。子供の頃に所属していた劇団の読書会で、宇宙に関するトークがありました。そのときに、
 『宇宙は、どんどんふくらんでいって、最果てに達して今度は収縮しはじめる。膨張しているときに時間は過去から未来へ流れているが、収縮している宇宙では未来から過去へと時間が流れている』
 というような話。これがいまだに忘れられません。
 ヨーグルティングで知り合った、それこそきちんとした教育を受けているひとたちからは否定されてしまいましたが、私にとっての「宇宙」と「時間」は、どうしても「未来から過去に向かって流れている」という感覚のほうがリアリティがあるのですよ。
 過ぎ去った一週間を思い出すのは困難ですが、これからの一週間をイメージするのは容易です。
 先のことなんて分からない、ですか?
 間違ったって、いいではないですか。昨日の夕飯と、一昨日の夕飯のメニューが混同しちゃったって。未来も同様です。予測だの予言だのと言うから、外れただのなんなのと言われようになりますけども。
 
 すでに私たちは未来を知っていて、知っているからこそ否定して変化させたいという強い気持ちも並立しているのでしょう。ほら、なかったことにしたい「過去」とか、ありません?未来も同様に。「なかったことにしたい未来像」を、おそらく私は持っているのですよ。あるいは、あなたも。

 だから強い気持ちで、本当に望む自分の姿というものを、性懲りもなく想像し妄想し続けていて、具現化のための魔法の呪文を唱えています。魔法の呪文は、ありきたりの日常会話のなかに、いつでも存在していますから。


 さ。とりあえず私は、何かを見つけたような気持ちに包まれています。
 ドラッカーとコトラー。私なりの迷宮領域の、お楽しみの時間。もう開幕しているようです。


 

 
 

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魔女っ子は魔法少女の夢を見るか

2011.04.23 Sat
 「魔法少女まどか☆マギカ」は見ました?


 (最終回含むネタばれなので以下)
 感想と言うより個人的連想反応です。


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雨にうたれたアマルフィドルチェ

2011.04.23 Sat
 木造ハウスが雨に撃たれています。
 
 容赦なく撃たれています。

 二丁拳銃でしょうか。いいえ双銃ですね。むしろ双剣双銃。

 透明な傘が好きだったのは子供の頃、

 撃ちつけてくる雨粒を下から見るのが好きでした。

 いまは布張りなくらいの不透明さが好きです。

 私にとっての海は、丘から続く世界なので、海だけが独立することがありません。

 繋がっているけれど、なにかが決定的に違う世界なのだということは承知しています。

 雨です激しい雨です。

 私のドルチェは刻々と濡れていくばかりです。



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Not Alone

2011.04.28 Thu
 録画されていた番組を流していたら、「Not Alone」(パク・ジョンミン)が耳に残りました。

 ストリングスが素敵。

 ダンスも素敵。

 
  so i can believe i'm not alone

    i can feel it i'm not alone
 



 
   #



 突風に運ばれてトロ箱が玄関先に停泊していました。
 ずいぶん使われなくなったままのトロ箱です。入っていた魚は無事だったでしょうか。トロ箱を見ると、いわきと銚子から差し入れを運んできてくれた兄さんたちのことを思い出します。真夏にいただいたマグロは美味でした格別でした。山奥まで運んでもらったものです。そんなことを思い出したりしつつ、どこから来たのか潮の香りのままのトロ箱たちです。泥だらけで、崩れかけているものもあります。
 「せっかくだから」と叔父が言うのですよ「栽培用に使ったら?」
 突風で運ばれて転がるうちに箱そのものがいたんでしまったようで、冷蔵用には無理だろうとのことですし。捨てるしかないけど捨てるのも面倒だし使えるんなら使ったらいいよ、と言うのですよ。プランターとして再利用ということですね。ちゃんと洗ったほうが良さそうなものもあります。
 とりあえず自治会のほうへ運んでおいてもらいましたので、来月にでも野菜の栽培用にしたいと思います。みつばや春菊にちょうどいいかもしれません。5~6世帯分は、まかなえるのではないでしょうか。畑スペースは狭いですが、駐車場や(稼動停止中の)工場などを有効活用すれば、かなりまかなえる気がします。


  #

 いよいよ「もしドラ」の放送が始まりましたね。一挙放送とレギュラー放送とあるようです。
 個人的にはアニメのあとの「もしドラのおまけ」が興味深くて面白いですインタレスティングです。アニメを見た直後だからこそ、すんなり話が入ってくるのかもしれないです。ドラッカーに対してのイメージが変わりました。先日の旅行で朗読していたときも、「もしドラ」の評判は良かったです。いろいろな人に通じるものがあるのでしょうね。
 「もしドラ」「マネジメント」「ドラッカー解説」の3本立てで読書中。行ったり来たりの読書スタイルは相変わらずです。

 
  #

 アニメ「GOSICK」は第4巻に突入でしたっけ。もちろん原作のほうも楽しんでいます。そう言えば故郷で暮らしている頃にコミック版を買った気がするんですけど、気のせいでしょうか。生活空間が変わるごとに色々リセットされている気がしますが、ふとしたときに記憶がよみがえって来て『あれ、そういえば?』な状態になることもあります。
 処分されてしまっていたと思っていたポイントカード類のファイルが突然表れたり、てっきり水着を収納しておいたと思っていたダンボールから、インデックスなしのディスクがごっそり表れたり。当時は冷静に振る舞っていたつもりですが、けっこう混乱していたのかもしれませんね。慌しかったのは事実ですし。そんな突然の引越しも、今となっては2年前。さらに新しい町の今。今年の行方も311で変貌しましたが、根本的な気持ちは良い意味で変わらないままです。


  #

 ああ言えばこう言う。行く手を阻むものなんていうのは、いつでもどこでも存在しているものなのですよ。
 するにしろされるにしろ説教に慣れてる人は多いですが、議論に慣れている人は多いとは言えないんぢゃないかしら。はっきり言うと少ない、いえ、そもそも議論の場を体験したことのある人が実際どれだけいるものやら。名ばかりの議論や会議は日常だと思うんですけどね。

 休業状態の製作所ですが、スタッフの往来は活発です。だけどソーラー充電し忘れているのを見つけると、ちょっと、ちょっと、ね。のどもとすぎれはなんとやら、でしょうか。あるいは、電気回復してもなおソーラー充電し続けている我が家がちょっとなのかしら。

 基本、私は几帳面とは程遠い性格です。いわゆる大雑把です。ただし、自分で決めたルールは別。
 「A型だよね?」と聞かれることもありますが、違います。単純です、私が自分で決めたルールに従って行動しているときは、はたから見ると几帳面で完璧主義的なだけ、それだけです。自分で決めたルールのエリアから一歩出ればフリーダムそのものです。自分のルールから一歩外に出た世界では、あばうとだのいい加減だのと批判を受けるのは良くあります。特にA型の人の中には、こんな私が我慢ならないわと静かに激怒を覚えるかたもいるようです。良い悪い好き嫌い関係なく「絶対Aだよね」「絶対Aぢゃないよね」両方よく言われます。
 もちろんB型でもありません。どの血液型とも仲良くできます。だからまあ、どの血液型からも印象が薄く思われてるのかもしれませんが、それはそれ。印象と批判は他人のものですから。血液型を星座に置き換えても、あるいは出身地に置き換えても、まあ、その手の統計(占い)は、ね。面白がるくらいが丁度良いんだと思います、話半分で。

 でも最近は(あるいは昔から?)、生まれた年代とかでも言われたりって、あるのかしらね。いわゆる「ゆとりちゃん」ななにか。ときどき、自分はどんなふうに見られているんだろって好奇心が湧くことはあります。
 でも、ね。なぜかしら、気づくと自己主張してるのが好きというか自然と言うか。他人の話を聞くのは大好きです。ただし、他人の話を聞くけど自分の主張もしますので。
 『なによ、ひとがせっかく言ってやってんのに。逆らうっての。
  このまえちゃんと話し聞いてたでしょ、なのになんで言われた通りしないかなあ』
 みたいな。よく言われます。先生でしょうか親でしょうか。
 なんででしょうね。議論と意見交換は好きですが、説法と隷属は得意ぢゃありません。先輩後輩友人知人とは議論や意見交換は可能だと思いますよ、双方向性です。だけどね、教師と親とは難しいでしょうね、なんて言うか、良い意味でイン・&・アウトですから。親が私の話に耳を傾けることはあっても、意見交換にならないというか、まあ、必ず「だがな。違う。それはこうだ」と転覆が待っています。その転覆があるからこそ、子供の人生(感性)は豊かになるんだとも思いますよ。そのこと、ちゃんと姉貴とも話しておきたかったなあ。あんまり親の言うこと、深刻にならなくっても良いと思うよって。なんでかしらね、お互いお互いを大切に思いあっているのに、傷つけあい憎しみ合うかのように許し難い間柄になっていったりなんて。歯をくいしばってばかりでは乗り越えられないものもあると思いますよ。もちません。意外と先は長く、なのにトンネルは気づくと抜けているものです。

 議論の結果で相手の性格を嫌いになることはないですよ。意見と人格は別です。趣味と人柄も別です。ただ、個人的に受け入れがたいものがあるのは事実で、そんなときは距離を置くようにしています。基本的に暴力を伴った正義には距離を置きます。でも、意見としては尊重できます。そうせざるを得ない環境で生まれ育ったのです。暴力と暴言なんて、日常でした。それが私の生まれ育った家と町の環境です。そんななかで、さらりとかわしながら生きてきたのです。さらりとかわすことは可能ですよ、でも、慣れないです。可能と慣れは別です。少なくとも私には。ちなみに姉貴(長女)は、さらりとかわすのではなく、しっかりと受け止めるタイプでした、精神的な真剣白刃取りの名人でしたから。そこが憧れと尊敬の要素で、だからこそ万が一の失敗なんて夢にも思えなかったのかもしれませんね。姉貴を大切に愛し育てのはまぎれもなく親ですが、姉貴の心をぽっきり折ってその魂を斬ってしまったのもまた親なのですから。しかも諸刃です。結果的に、慟哭したのは親ですし。折ったものが折られ、斬ったものが斬られる、それが精神のありかではないかしら。もちろん、私が誰かをうらむだなんて筋違いもいいところ。どちらにも良さと強みがあって、どちらにも毒気と弱さ脆さがあって、そのどちらも大切なわけです。 

 
  #

 「新聞用字用語集」をいただきました。予想以上に便利です。
 パソコンで入力するときの類似語や予想変換も便利ですけどね、でも紙の情報量は別格かしら。手で読む、指先で考える、という感覚です。基本的に本が好きなだけかもしれません。

 好きな生地を身にまとい、いつもの好きな本を開くことができるだけで癒されます。

 でも現実には、なかなかね。そうも言っていられないのものです。でも本当に、そうなのかしらね。そうも言っていられない。そうお?
 
 実は、そう言っていられるほうこそが正解で、
 自分自身こそが「限界」を勝手に作ってしまったりしているんぢゃないかしら。

 
 激しい雨、竜巻のように渦巻く風、もう一回さっきの曲を聞いてから朝食の準備にとりかかることにします。


 
    so i can believe i'm not alone, i can feel it i'm not alone 


 

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ステイ・ゴールド

2011.04.29 Fri
 風が強かったです。暴風ですね。
 柏では物置が飛ばされてしまったり、駐車場の車が横転したり大変だったそうです。竜巻だそうです。

 規模は小さいものの防風林のおかげで、こちらは暴風の日でも安心して過ごしています。だけど竜巻は未知。屋根にダメージをくらってしまうと色々大変だろうなと話を聞きます。311震災後のリフォームは実質的に停止状態なので、様子見と言うのが実情です。自然の猛威の前では言葉を失いますね。たとえ度合いは低くても、恐怖や不安を煽っているのだとしたら、じわりじわりと影響が出てくるでしょうし。
 かえってポジティブすぎるハイテンションさは、足元が浮わついていきそう、そんな不安定さが伴いそうです。
 もうすでに、不安定なダンスで足元を傷めてしまわれたかたも、ちらほらですし。家族に限らず自治会のメンバーのなかにも、ポッキリと気持ちが折れてしまったように憔悴しきった表情を見かけます。声をかけるたびに、言葉を慎重に選んでしまうんですよね。こればかりはプロの指導を尊重していくことにします。本人がつらいのは当然だと思いますが、見ていてわかりますよ、そんな人のすぐ隣で無力感に押しつぶされそうになっているのも。周りも大変ですが、そういう人に限って平静さを装っています。それはそれで良いと思います。最初は装っているだけだとしても、その装いが真実に化ける瞬間というの、ありますから。笑顔とは、自然になれればそれにこしたことはないでしょうが、無理してでも作ることにも意義があるとも思っています。いわば人工呼吸のようなものです。人工呼吸で本来の呼吸が呼び戻せればそれでいい、笑顔も同じです、作り笑いが心からの笑顔を呼び戻せる日が来る、そうなることを待つことにします。
 
 ゴールデンウイークですね。いよいよ。と言うか、とうとう、と言うべきか。

 支離滅裂になっても構わないので、なんらかの形で「記録」を続けようかなと思います。私の場合、言葉で記録しようと心掛けています。いつか時が経って、丸ごと捨てたくなっても構いません。思ったこと感じたこと、心の動きのあれやこれやを言語化しておくことで、なんらかの解決策に辿りつくように。

 
 このブログでは、しばらくは(おそらく1年以上かかると思いますが)、こうした徒然を話す時間を持ち続けていくつもりです。面白みはないと思いますが。いつか再び日常を楽しめるようになったときに、こうした積み重ねが「糧」になっていますようにと願ってやみません。


 もうちょっと日本語上手になりたいです。


 またね。

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